2017年01月19日

特別な日

こんにちは、中阪です^^

久しぶりの更新になります
実はここ数日体調をくずしてました

この間の休みも
結局一日中、ずっと家で寝てるという
なんとももったいない休日になってしまいました

でもね、いいこともあったんです。
それは娘が優しく看病してくれたこと

普段はパパに厳しい娘ですが
こういう時はちゃんと優しいところを見せてくれる
そんなところに感動しちゃいました

布団をかけてくれるでしょ〜
洗い物してくれるでしょ〜
部屋のお片付けも

そして極め付けが
ほこりが気になったんでしょうね
床掃除までしてくれました!

もうこの成長がうれしくって
風邪もどっかに飛んでっちゃいましたよ

ただ床掃除のイメージが
魔女の宅急便しかなかったようで
とても大掛かりなことにはなってましたが↓

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「わ。。ぁ、 あ  りがとう
すごいきれいになったなぁ

じゃ。。。あ、パパはタオルで拭いていくね〜」

そんなこんなで今年は
この特別な日もお布団の中で
過ごすことになってしまいました


それは

ここ数年、この日だけ
過去のことに目を向けてみる
そういう日を設けてました

1.17 大震災の日
この日は僕の人生のターニングポイントでもあったんです

僕の原点であり
今の僕を作り出した価値観はここで作られました

すべてはここからはじまった
そんな僕の物語です




【質問】中華と言えば何を連想しますか?
八宝菜?酢豚?はたまたフカヒレスープ?

ひとによって様々だと思います
でもうちに来て
僕があなたに食べてほしいのは

焼きそば  なんです

「なんで焼きそば!?」
ほかにもメニューいっぱいあるやろうに!

なんでそんな
どこにでもあるようなもんを看板に持ってくるのか?
そこにはこんな思いがあるんです


昨日、阪神淡路大震災から22年が過ぎました
僕もまたあの震災で大きく生き方が変わった1人

当時僕はアパレル会社に勤めていました
中国の寧波というところで駐在員として
工場の生産と品質管理をまかされてたんです


一日に何十万枚という商品が出来上がってきて
それを見て回るわけですからまぁ〜大変

納期が迫ると夜通しフル稼働するので
こっちも徹夜です
それでも仕事は大変だったけど
とてもやりがいのある仕事でした

1.17日
いつも通り出勤して
いつも通り本社からの電話をうけて

でもこの日にかかってくる電話の内容は
いつも通りじゃありませんでした

「神戸が大変なことになってるぞ」

とは言え、当時そこは中国の片田舎
まだ田んぼ耕すのに水牛が登場してるような場所
日本のテレビなんか映りません

僕が耳にするのは
国際電話で短いやりとりの中
すさまじく増えてくる死者の数

「こらあかん、お前一回帰ってこい」
上司の一言で私は
とにかく日本に帰ることになったのです

会社からいただいた物資を乗せ
バンにスクーターを入れて

交通情報を聞きながら
山手から神戸に入る

もうすぐ神戸だというのに
山側ではまだパチンコ屋が開いてました

「なんや別にたいしたことないんかな」

そう思いながらトンネルを抜けた先
広がってた光景は今でも目に焼き付いてます

「これが神戸?これが日本?」

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そこから先はもう道路がぐちゃぐちゃで車も通れません
そこでようやくスクーターを積んでた訳が
よくわかりました

変わり果てた街並みを見ながら
到着した我が家
その時に僕をみて母が発した一言

「なんで帰ってきたん!」

ほんといろんな気持ちが詰まってたんやと思います

そこでぼくはほんの数日
みんなと共に生活しました

商店街の今の会長のお店の駐車場
みんなが集まって
家にある食材や物資を持ち寄って
助け合うその姿

数日後中国に帰った後も
ずっとそのことを考えてました

(このままでほんまええんやろか)

中国から帰ってきた僕は
父に自分の気持ちをぶつけました

posted by 春日野道駅徒歩3分の中華料理 聚鳳:中阪 文雄 at 16:26| Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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